関宿から亀山宿へ [采女]

2020年7月 停滞している梅雨前線が、日本中の各地に災害をもたらしている。先日歩いた柘植までの道も、柘植から関に抜ける山道も、おそらく大変なことになっているだろう。岐阜現代美術館で17日までの展示会があったのだけれど、付近で洪水があったという情報が入ってきた。采女旅の経由地にしたかったのだが、今回は諦めよう。篠田桃紅さんの作品は、別の機会に見ることにしよう。

何にせよ、山を抜ける道は当分通らないようにする。蜂、蛇、車の往来から逃げるだけで十分気を使う。この上崖でも崩れようものなら、存在すら消えてしまう。なので山は地図上でジャンプする。またかと言わないで。横着しているんじゃないのよ、臨機応変っていうのこれは。

そうして次は関宿から亀山、そして庄野、石薬師と続けて進む予定だ。なんだか東海道中になってきたかな。
宿と宿の間はおよそ16キロ。人の歩ける距離に合わせて設置されているのが、こうして歩いているとよくわかる。が、奈良時代には宿場町の賑わいなどなかっただろう。成人男性が税を60日かけて歩いて運んでくる道だ。そこを女の脚で歩くとしたら何日かかっただろう。舗装のされていない道。人の目、官吏の目。若い女というだけでも人目を引いたに違いない。しかも逃避行だ。

この日は、関宿駅前に車を停めて亀山まで電車移動することにした。先の駅まで電車で行って、元の場所に歩いて戻ってくる。関駅と亀山駅の間は5、7キロメートル。歩く距離は短いけれど、自宅からの距離はかなりになる。往復の運転が100キロメートルを越えると、流石に運転だけで疲れるのだ。そろそろ別の方法を考えないと。

関、亀山間を歩いたこの日は、あいにく途中から雨が降ってきた。梅雨なのによくやるわ私。でも、梅雨が明けたら今度はかんかん照りが待っている。それを思うと、今少しでも先を目指したい。シトシトと降り続く雨の中を一人歩き続ける。コロナのせいか、あっちもこっちも閉まっていて、宿場町だというのにお茶の一杯も飲めずに歩き続けた。まあ、このくらいの不自由は1,300年前にはあって然るべきか。

ただひたすら歩き続ける。猿沢池から80キロ地点まで来た。
全行程700キロ。目的地まであと少し。
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